視頻
松井寛泰
撮影
2018年9月9日
書本
Rodolphe Lachat 編輯
2018年12月10日
Graphic公司
文本
我從2008年起,開始著手製作名為「骨花」的藝術品。解剖死亡的動物,將其骨骼與皮毛組合為花朵的樣貌,然後拍攝照片。這些作品在攝影之後,會將該骨骼之花埋進土中,只留下照片。
製作為花朵的骨骼,使用的是寵物店裡販賣作為爬蟲類或猛禽類餌食的冷凍老鼠。為了寵物而生、又為了寵物而死的鼠類,我認為就象徵著現代社會中,被人工管理的自然世界。我的意圖是,將牠們的生命轉變為象徵美麗與生命的花朵,把「憑弔」這個行為,重新打造為藝術。
我並沒有削磨或折損原先的骨骼。只活用自然的形狀、使用黏膠來組合成花朵的模型。要完成一個作品,長的話需要花一年的時間,最多使用200隻老鼠的骨骼。花朵完成之後,就會用4×5英吋的大型相機拍照。之後就將花朵拆卸掉。裝進木箱之類的東西之後,去一個視野良好的土堆,仔細的將箱子埋進土裡。雖然也有人跟我說「保存下來就好啦」,但我認為美麗應該要有著「飄渺虛無」感。花朵因為會凋零,所以美麗。因此我不將它留下來。
經常有人問我,為何要將骨骼與花朵結合在一起?有兩個理由。一個是普遍性。對人類來說,「骨骼」是最古老的材料之一。再怎麼說,這都是在我們自己內部支撐身體的東西。「花朵」也非常普遍。在許多不同文化及宗教當中,花朵都是美麗的象徵、是代表生命的記號。將花朵獻給死者這樣的行為,據說連尼安德塔人也會做。在開始製作骨花以前,我曾在博物館裡看到石器,覺得非常感動。那些物品的痕跡,超越了數萬年的時間,讓人仍能感受到製作者想將它們創作成美麗物品的意志。之後我就希望自己能夠做出,如果拿給他們看,也能夠意念相通而具普遍性的物品。第二個理由,則是整合相反性質的東西。生與死、動物與植物、美與醜、彩色與黑白、創造與破壞。我試圖結合這些相對的要素。我相信,重新建構分裂的價值觀,連結上根本源頭,是藝術家非常重要的工作。
2015年我針對「留下作品」再次重新思考,因此創作了「腦花」系列。這個作品是使用小羊的大腦製作的花朵。並且在具有冷凍功能的展示台當中綻放。在有電的時候就會維持形狀,一旦停電,就會整個崩毀。主題就在於系統的維護與崩解。
剛開始,我有著非常強烈的心情,是「想做沒有人能夠想到的作品」,但最後念頭卻轉為「以藝術來重新探討憑弔的行為,表現生命的美麗以及其無可取代之處」。我們的社會現今在AI技術、基因操作醫療方面都已大有進展,原先對於「生命」那種理所當然的定義,也已經開始動搖。我希望能夠以與宗教及醫療都不同的切入點,採取只有藝術能夠辦到的事情,持續探討現代社會的生命存在方式。
媒體
2018年7月25日
骨はさまざまな生き物をつなぐ存在だ。魚類、爬虫類(はちゅうるい)、両生類、みんな骨がある。もちろん人間を含む哺乳類も。暗室を兼ねたアトリエに籠もって動物の骨を手にしていると、自分の存在の根幹に戻れる気がしてくる。死んだ動物の骨をハスやユリなどの花のかたちに組み立て、モノクロ写真に撮っている。撮影の後、骨は土に埋めて丁重に弔う。一連のプロセス全てを「骨花(ほねばな)」という作品に見立て、10年続けている。初めは「誰も思いつかない写真を撮る」気持ちが強かった。だが次第に「芸術的に弔いの行為を見つめ直し、骨を通して命の美しさ、かけがえなさを表現したい」思いが勝るようになった。
「君は何も知らない」
きっかけはどこまで遡るだろう。1997年に東京の写真専門学校を卒業し、郷里の鹿児島に帰った。養蜂家に弟子入りし、ミツバチを飼っていた。小さい頃から生き物が好きで、そのままプロの養蜂家として身を立てようかと考えていた。骨に興味をもったのはその頃のことだ。2004年、野生のタヌキが1匹、道端に倒れているのを見つけた。交通事故にでも遭ったのだろう。家に連れて帰ったが、手遅れのようで息もしていない。どうやって葬ろうか。思いついたのが、骨にすることだった。中学校の理科の先生が骨格標本の作り方を解説する「骨の学校」という本を読んだことがあり、自分でも一度やってみたかった。ところが、いざ解剖しようとすると、怖くて手が動かない。「気を失っているだけかもしれない」。そう思うとメスが入れられないのだ。生死の区別さえできないことにがくぜんとした。3時間迷いに迷い、勇気を振りしぼって解剖を始めた。それでも手は震え、前に進まない。何とか骨を取りだし、精根尽き果てた。「君は生と死について何も知らない」。タヌキの骨はそう語りかけているようだった。その後、骨と花が結びついたのは、写真で身を立てようと再び上京してからのことだ。08年、ある日の夕方。銀座の交差点にある喫茶店の2階席から外を眺めていた。雨が降り出して、色とりどりの傘が開く。まるでハスの花が水面に咲くようだ。その時「骨で花を作って、写真に撮る」というアイデアが天から降ってきた。ハス、ヒマワリ、ヒガンバナ。花にする骨は、一片があまりに大きいと扱いづらい。そこでマウスを使うことにした。ペットショップで爬虫類や猛きん類の餌として売っている冷凍マウスを解剖し、骨を取り出す。ペットのために生まれ死ぬ彼らは、現代社会の人工的に管理された自然の象徴に思えた。
自然のかたちを生かす
骨は削ったり折ったりしない。自然のかたちを生かし、接着剤を使って花のオブジェに組み上げていく。例えば肋骨はハスの花びら一枚一枚に。しっぽは茎、足は中央の花托(かたく)になる。肩甲骨はツバキの花びらに、毛皮はなめして葉に生まれ変わる。空港や市場などでフォークリフトの運転手をして生計を立て、残る時間を制作に充てる。細かい作業の連続なので、一つ仕上げるのに長いと1年かかる。必要な骨も膨大だ。100匹、多い時は200匹の骨を使う。花ができたら4×5?の大判カメラで撮影する。そのまま撮ると、いかにも標本写真のようで生気がない。小さなマウスがはかなくも紡いだ命に敬意を払うためにも美しく撮りたい。接写したり、ピントを甘くしたりして、風にそよぐ一瞬の生をとらえるような工夫をしている。撮影後、花は解体する。骨は木の箱などに納めて見晴らしのいい土手などに行き、丁寧に土に埋めて葬る。「解体せずに作品として保存すればいいのに」と言われることもあるが、美しさとは「はかなさ」だと思う。花は散るから美しい。だから残すことはしない。
命のあり方考える縁に
初めは人に見せても理解してもらえなかったが、徐々に理解者が増えて興味を持ってもらえるようになった。最近では海外での展示も増え、今春は米ニューヨークのギャラリーで個展を開いた。しかし活動が広がってもベースにあるのは「君は何も知らない」という 、あのタヌキの声だ。骨と花は互いに死と生のイメージを強く呼び起こす。現代社会の命のあり方について、宗教や医療とは少し違った切り口で考える縁(よすが)として「骨花」を育てていきたい。
(徳重秀樹=當代藝術家)
協作
Art Market San Francisco, 舊金山, 美國
2018年4月28日、29日
江澤 淳
長唄 松綠
藝術博覽會
2018年4月26日-29日
舊金山,美國
媒體
2018年5月1日
Renee LaVerne Rose
第56至93頁
媒體
2018年3月27日
個展
2018年3月14日-4月21日
GALLERY KOGURE NEW YORK /美國
434 Greenwich Street, New York, NY 10013
11:00-18:00
開幕酒會
3月14日星期三 18-21:00
( TRIBECA ART+CULTURE NIGHT )
Otome-Camellia, from the series Honebana, 2017
[open] W192×H118.5×D5cm
[close] W96×H1185.5×D10cm
Edition 1/1
Photo Frame with Hinged Double Doors
観音開き木製額は、開いたとき2メートルの幅になる。
購入者は、骨花オトメツバキプロジェクトのいちメンバーとなり、以後のプロセスに参加することができる。アーティストと "土に還す"工程に参加できる。プ
ロセスはビデオ撮影し編集される。購入者が土に還す際の写真が額の横側に追加される。扉が閉じた時、その画像が中央に来る。そこまでのプロセス全
体がこのアートワークにふくまれる。
2017年3月、アーティストは「自分の死後に、骨をアート作品にしてくれる人を探しています」というメールを海外から受け取った。彼らは電子メールの交換を始める。2017年3月から2018年1月まで、11ヶ月の記録。
Dialogue, 2018
30×30×3cm
Edition of 10 with 5 APs
Ipad, Acrylic board, Paper
" What traces would you like to leave when you die? "
「あなたが死んだときに残したい痕跡は何ですか?」
ギャラリーの壁にはある質問を書いた。訪問者はそれぞれ答えを紙に書き、壁に飾り付けた。
アンナ・シンプソン(1983年生まれ)は現在、個人としてまたは社会として、人々がいかにマインドフルでいられるかについて考え、実行することに心血を注いでいる。企業や社会の未来について語った本を2冊出版。複雑な環境下で変化に順応できるようイノベーション・コーチとして人々を指導。また、持続的な変化を追うオンライン・コミュニティー、「フューチャー・センター」のキュレーターでもある。彼女の最新作“The Innovation-Friendly Organization”(2017)(仮題:『イノベーション・フレンドリーな組織』)では、いかにして組織が変化を歓迎できる文化を培えるかについて語っている。“The Brand Strategist’s Guide to Desire” (2014) (仮題:『ブランド戦略家による欲求への手引』)では、ブランド企業に、短期間の売上よりも長期間の達成感に重きを置いてみるよう提案している。過去にはジャーナリストとして、持続可能な解決策について語る雑誌「グリーン・フューチャーズ」の編集者として活躍した。イギリス育ち。オックスフォード大学で国語(英語)とフランス語を学んだ後、東洋アフリカ研究学院にてジェンダー研究の修士学位を取る。
媒體
web site
2018年3月
個展
2018年1月12日-2月3日
GALLERY KOGURE NEW YORK/美國
434 Greenwich Street, New York, NY 10013
11:00-18:00
書本
2018年1月第2版
1000部
撮影
松井寛泰
撮影
2018年1月
論文
第1章: Introduction
1-1:Honebana
1-2:Meaning of being a photograph
第2章: History of death and Present
2-1:Boundary of eeriness
a) Where there is the honebana
b) History of death
c) Sacred / Profane, pure / impure
2-2:Ritual of death
a) Fundamental death
b) Ritual surrounding death
2-3:The present of life and society
a) Bioethics
b) Development and problems of technology surrounding life
第3章: "Honebana" as salvation
3-1:History and photograph - The Sun flower -
a) The time in the Benjaminish history
b) post morterm photography and the mourning
3-2:Politics of gaze
a) Transcendental death makeup and reproducibility
b) Politics of eeriness
最終章: Conclusion / From heterotopia
群展
2017年12月15日-25日
Spiral Garden
, 東京
行程 / 造花
2017年9月
花びらを作るために使われた骨は、主にラットの肩甲骨。 一つの花は40対の肩甲骨 で、全体では200対で出来ている。 ネズミも人間も、背中にそれぞれ2本の肩甲骨が あります。 それは肩の上腕骨につながり、また首の側の襟骨にもつながる。 幅と カーブがあるので、カーネーションにも使用した。
花の中心には、マウスの小さな肩甲骨を使用。 そのまわりを囲む部分にはラットの 肩甲骨(最も一般的に使用される)、最外部はモルモットである。 モルモットの肩 甲骨の縁はマウスやラットの縁よりもまっすぐであり、イチョウの葉の形に似てい る。 おなじ種類の骨で作られているようで微妙に異なる。
群展
2017年8月18日-27日
Spiral Garden
, 東京
群展
2017年3月4日-18日
Gallery YUKI-SIS
, 東京
行程 / 造花
2017年1月
書本
Rodolphe Lachat
2016年10月18日
Cernunnos
行程 / 此後
2016年6月-9月
文本
2016年6月
「骨花」與「腦花」--兩個系列可說是從表、裏兩面表現同一個主題:「花」。如果說骨花是由自然生態出發的歷程,那麼,腦花就是出於人工環境的嘗試了。 我們以肉身成活,自然難免一死。花,對於我們而言是「跨越時間的美」,代表著「每個人的那段超越肉身、寶貴無比的故事」。
媒體
2016年6月22日
行程 / 打碎,塵歸於土
2016年4月12日
群展
2016年3月12日-26日
Gallery YUKI-SIS, 東京
電視節目
2016年2月26日
Fuji Television, 日本
論文
第1章: Honebana
1-1:A beautiful and eerie works
1-2:Hideki Tokushige and Honebana
第2章: Death and Photography
2-1:Where is the viewer?
2-2:Mixed time
2-3:“that-has-been”
第3章: Death and Bones
3-1:The place of life and eeriness
3-2:Threshold bones and eeriness
3-3:Immorality and complicity
第4章: Photography and Honebana
4-1:Honebana as a work of mourning
4-2:Taking pictures for Honebana
4-3:Lots of killing and trauma
第5章: Conclusion
5-1:A world that can not be captured. Journey continues still
Online Gallery
2016年2月-
藝術博覽會
2015年10月3日-7日
香港
行程 / 打碎,塵歸於土
2015年9月22日
藝術博覽會
2015年9月4日-6日
福岡, 日本
個展
2015年5月30日-6月13日
LOWER AKIHABARA. , 東京
腦球 / ?瑰花
2015
羊腦,甘油,凝膠介質,冰櫃,不銹鋼,亞克力,嬰兒爽身粉,木
#01 ‘Brillante’ 7.5×7.5×6cm
#02 ‘Samourai’ 9×10×6.5cm
#03 ‘Orange Chance’ 9×10×6.5cm
#04 ‘Rhodos’ 7.5×7.5×4.5cm
#05 ‘Lilli Marlene’ 14×18×7cm
#06 ‘Yukacup’ 10×10.5×7cm
冰櫃尺寸 40.5×55.5×79cm
Illustration : 上田風子
關於「腦花」 >>
ARTIST DATABASE 展覽會信息 >>
個展 2013年, 骨花 -月下美人(曇花)- >>
群展
2015年5月11日-17日
伊勢丹新宿 Art Gallery, 東京
行程 / 留影
2015年5月
群展
2015年4月15日-21日
伊勢丹新宿 Art Gallery, 東京
群展
2015年1月16日-2月14日
Gallery Art Composition, 東京
行程 / 留影
2015年1月
MERRY
2014年12月22日-2015年1月5日
Album Cover Artwork
2014年12月24日
群展
2014年11月8日-22日
Gallery YUKI-SIS, 東京
Photography
2014年8月2日
群展
2013年10月12日-26日
Gallery YUKI-SIS, 東京
行程 / 打碎,塵歸於土
2013年8月28日
新聞網站
2013年7月31日
by Liat Clark
群展
2013年7月13日-22日
Bunkamura Box Gallery, 東京
行程 / 造花
2013年6月
本文
2013年6月
Q, 是什麼機會讓?想要從事這項企劃?
9年前的某個早上,我?上了一隻遭到車輾往生的貉。當時我正好讀完一本有關如何揀取骨骸的書,獨特的?容深深引起我的興趣,因而想要嘗試照書中的方法揀取骨骸。雖然很害怕、感到?心,甚至根本不敢用手直接觸摸,但我仍然將那隻往生的貉帶回了家中。
我將它放置在浴室,然後要照著書中寫的「先由腹部入刀切開」,但我做不到。因為腦海裡面一直有個揮之不去的疑問:它該不會還活著??
它是冰冷的,沒有呼吸也沒有脈搏,但我一直擔心會不會只是假死。沒有百分之百確定以前,我下不了這一刀。一刀下去,它卻突然甦醒在室?亂竄,這?想像宛如夢魘一般。
對於從小到大過著日本都市生活的我來?,失去生命的動物遺骸只在理化教室、博物館,不然就是精肉攤、魚市場才看得到,是生是死,當場自有他人來判斷;我曾養過小鳥,?的死也是父母?的。死亡與否,我無須做出判斷。
活了這麼大把年紀,直到那時我才驚覺從來未曾以自己的角度判斷生與死,驚訝於我連是生是死都難以分辨。
這件事,讓我受到很大的震撼。不知死,亦不知生,我居然如此的無知。
Q, 告訴我們?選擇小鼠骨骸作為作品材料的理由。
我對於藝術作品的期許,是掌握超越國界、人種的人類共通根源,如同深邃精神容器般的核心。
遠古,恐龍盛極一時的年代,我們的哺乳類祖先憑著宛如小鼠般的體型存活,並進化至如今的風貌。使用小鼠骨骸創作作品,意味著接近哺乳類的原貌。
解剖小鼠後,發覺身體結構和人類頗為類似。
我所實際使用的小鼠、溝鼠,是市面上作為寵物食糧出售的冷凍鼠,主要供蛇類或?頭鷹進食。它們在無菌牢籠中人工繁殖、成長,生命遭到?奪後,經過冷凍成為飼料。
我的老家養了一隻狗作為寵物,寵物是為了人類而存在,介於自然與人工之間;而市售作為那些寵物食糧的冷凍鼠,又更接近人工。
我以為,冷凍鼠象?了我們這個人工都會當中的自然循環。
Q, ?為何想要創作花?
為死者獻花,是一種超越民族、國界、時代的人類共通行為;部分研究結果中顯示,早已?滅的尼安德塔人會在將赴?泉的朋友身邊放滿了花,送上一程。
死亡與花有著很深、很古老的關聯。人類自古以來,就對著花祈求願望。為了尋求根源的祈?過程,我才以骨造花。
Q, 製造工序是?
解剖並揀取骨骸,加以組合,進行攝影,顯影沖印後歸葬大地,一連串的工序都是由作者親手進行。攝影時使用4×5吋的大型底片相機,以長時間與骨花對話進行拍攝。
本文
2013年6月
1) ?從何時開始製作骨花?
從2008年開始。因為不清楚揀取骨骸、創造骨花的行為在他人眼中作何感想,所以有3年時間我不曾讓作品問世。
2011年3月,日本發生了舉世震驚的東日本大地震,引發了核電廠事故。就連我當時居住的東京,建築物因為頻繁發生的地震而搖晃,終日惶惶的日子持續了很長一段時間。如同許多住在日本的人們一樣,對我而言,那段時光令我重新審視自己的生活方式以及存在意義。地震成為了我讓從未在人前展示的「骨花」對外發表的契機。從開始準備展覽起,約莫震災發生半年之後,我首度發表了骨花,並因為這項展覽獲得了大賞榮銜,之後創作至今。
2) ?大概需要多久時間完成作品?
所有工序都是獨自進行,連解剖也是親手操刀一隻一隻地來,因此解剖這道工序最耗時間。我的作品從揀取小鼠骨骸開始,一?花約莫需要用到100隻的小鼠骨骸。最近我也開始了毛皮的運用。光是解剖工序,甚至可能耗費1個月以上的時間。
3) 作品使用的是真的骨頭??這些骨頭要去?裡找?用的又是?些動物的骨頭?
骨頭是取自寵物店出售作為飼料的小鼠與溝鼠。行話叫做「冷凍鼠」,飼養蛇類或?頭鷹的飼主將經過冷凍的它們解凍後?養寵物。當初我不知道有這種東西,聽?有得賣還讓我吃了一驚。他們因為人類所需的寵物而生,被飼養長大,遭到?奪生命而後冷凍,正象?著我們居住的現代社會當中的自然循環。我其實比平常人還膽小,不敢看肢解或恐怖片,所以剛開始對於接觸屍體很是牴觸;但次數多了之後,反而對於冷凍鼠起了一種親近感。
4) 如果這些骨骸是?製的,?是如何去製造??
我使用真正的骨骸組合造花,不使用鋼絲或支架,只用骨骼、毛皮以及接著劑。為何如此?因為要歸葬於大地。骨花在完成攝影後,就會弄散還葬於土。這種時候,我會對其本質感到興趣。
5) 從著手造花到完成,能否一一細?骨花如何製作??
我總是簡單的?明骨花的工序如下:「Take bones out(揀骨), Make flowers(造花), Leave images(留影), Break(打碎), Return to the earth(塵歸於土).」 。我經常遇到從骨骼造型聯想創造花?的的情況,譬如?:觸摸肩胛骨後慢慢覺得像是花瓣。我不會去切削或是加工骨骸,而是靈活運用各種骨骼的形?。不過,骨骼種類比我預想的還要來得少。我會改變組合的方式,慢慢創造出花?。
當決定了大致創意,就會展開解剖,然後才是組合工序。攝影時使用4×5吋的大型底片相機,沖印則使用銀鹽相紙。一切工序都由我親手進行,原因是我認為直到埋葬骨花為止的一切行為本身就是一件藝術作品。而各個工序,其實很平淡無奇。
6) ?曾經創造出?些類型的花?
腦海中浮現「用骨骸創造花?」的構思時,最先想像的就是蓮花,並浮現了骨骸創造的花在水面漂浮著開花的幻象。蓮花在東方一般被認為是有宗教意義的花?。之後我創作了石蒜,在日本人的印象中,這種花會令人聯想起陰間。我不只選擇有宗教意義的花?。除了前面提到的兩種花外,還有百合、蒲公英、紫陽花等等,至今前後共創作了11種花。
7) 這些花都有價格??如果有的話,定價是多少?
我創作的骨花,在拍攝完畢後就會埋葬,不留半點痕跡。在國?或是到其他國家展覽時,才有實際展出骨花的機會。比方?,我的最新作品「月下美人」目前在巴黎某藝廊中展出(至7月20日止),當這次展出結束,就沒有機會再看到「骨花ー月下美人」,唯有到場觀賞的觀?才有機會目睹。我認為,這種親眼目睹展出的體驗十分重要,因為那將是一種「活在當下」、時光不再的真實體驗。
?外,基本上我歡迎觀?用相機拍攝展示作品。我很樂意見到更多的照片留住骨花的模樣。
8) 骨花引起了什麼樣的迴響?
我從2008年展開骨花企劃,但實際發表至今還不到2年。從最初到現在,理解者從無到有慢慢的增加。此外,藝術經紀人等周遭的協助者也給予我極大的?助。?外,不只因為真的骨骸感到好奇,更深切理解骨花是涵蓋直到歸葬於大地為止一連串概念行為的人也逐漸地多了。
最初我以為會因為宗教觀、生死觀的不同而反應各異,但到了現在卻感受不到有什麼不同,反倒是大家同處網路社會的共通反應令我深感興趣。今後希望能有更多海外展出的機會,或是推出寫真集。
媒體
2013年6月20日
by Jaymi Mccann
媒體
2013年6月4日
媒體
2013年5月31日
群展
2013年5月21日-7月20日
DA-END
巴黎,法國
藝術博覽會
2013年4月19日-22日
布魯塞爾, 比利時
個展
2013年4月5日-20日
LOWER AKIHABARA. , 東京
藝術博覽會
2013年4月3日-7日
紐約
行程 / 留影
2013年3月
行程 / 留影
2013年3月
行程 / 造花
2013年3月
電視節目
2013年3月1日
Fuji Television, 日本
行程 / 造花
2013年1月
文本
我將我的藝術作品稱之為「骨花」。
從往生的動物揀取骨骸,用以造花、留影;其後將骨花弄散,歸葬大地。
為什麼要如此做?大自然有其規律循環,如同冬去春來、花謝花開、夜以繼日,生命凋零塵歸土,然後萌生新芽??。
我想要讓作品表現大自然的循環,並嘗試與其同?。
Emerging director's art fair
October side, 2012年10月27日-30日
Spiral Garden, 東京
行程 / 造花
2012年10月
行程 / 打碎,塵歸於土
2012年10月
群展
2012年9月22日-10月13日
Gallery YUKI-SIS, 東京
行程 / 此後
2012年8月20日
(從K小姐)
種下的牽牛花,原先擔心開花時節快過了仍不見花信,終是開了第一?花。這是日前藝術茶會主旨的一環,花盆的土壤裡埋著茶會中受大家所愛,並由在場?人親手弄散的德重秀樹先生藝術作品「一?牽牛花」的碎片。
結成花蕾之後,牽牛花簡直是一日三變,??令我感受驚喜。
文本
由與茶道的合作的要求,於是製作了「牽牛花」。是根據千利休有名的「一牽牛花」的故事。當時秀吉聽到利休的庭院中有開的很好的牽牛花。去看了之後才知道一也沒有。一進入茶室後凹間僅有一牽牛花在。
花是表現出一瞬間的生命。利休將所有自然中開的牽牛花拔除放置在人造的空間中,在成堆的死亡之上僅放置一個生命。茶並不是這樣正經的東西。在戰國這樣血腥的時代中隆盛達到顛峰。很快死亡就就在身邊。
茶會在「牽牛花」的鑑賞後,由參加者的手來將它弄散了。之後,將骨片附上牽牛花種子一同寄出,與各式各樣的種子一起被種下去了。由參加過的諸位得到很多花開了的消息。雖然骨花的形已經不存在了,由開的花取得的種子在明年甚至後年也會讓花盛開。「牽牛花」會繼續下去。
取出骨頭,製作成花,留下相片,破壞並埋下為止為一件作品。這樣的骨花過程已經變為必然且理想的形式了。
書本
SNAPPP Publishing Inc.
台灣
2012年7月
Melting Point
2012年6月24日
Gallery YUKI-SIS, 東京
文本
八仙花是雨花。在雨季開花。
在製作中去看了附近的八仙花好幾次,完全掌握了邊會有種開著的八仙花。有很多種種類,僅管是附近的八仙花,在顏色、亮彩度、花的大小、形、葉子的大小,全都不一樣。
就算是知道八仙花的外表,還是注意到花的花序或構造並不清楚這件事。還有第一次了解到八仙花還有分裝飾跟實際的花兩種等事情。
花使用了127匹老鼠的肩胛骨。
將骨花組合時,首先就是從觀察花開始。植物的情況,今天的樣子跟後天的樣子不同。花瓣是想這樣張開或,枝葉是想這樣伸長,以這樣朝向未來的想法為構造的。雖然眼前的八仙花是這樣的姿態,但因後天是想讓自己變成那樣的姿態,所以今天才是這樣子的姿態。如果能抓到這樣的想法,這花做起來就簡單點。
第一次使用葉子及乾的皮來製作。並不是「康乃馨」所使用的白色,是由淡茶色亮彩度的毛皮來製作的。
與至今的作品比起來較安靜穩的感覺,很好的表現出像是在梅雨盛開的八仙花。
群展
2012年6月16日-30日
Gallery YUKI-SIS, 東京
行程 / 造花
2012年6月
文本
發表作品這件事到底是怎麼樣的事? 並不是對骨花在畫廊中的展覽或是藝術作品般的鑑賞這樣的事情跟過程,而是對不同的感謝重新思考。
在花開花謝這樣自然的循環節奏,也想讓骨花經一次。這樣想著,就帶著骨花「櫻花」去了受邀的賞櫻。我覺得「櫻花」很適合在滿開飄散的櫻花下展示。想讓同席的人們感受到骨花一生一次的短暫幻。
日文中的冬天是「Fu・Yu,同日文增加」、春天是「Ha・Ru,同日文張開」,有聽過這樣的法。寒冬中一看沒有動靜的山中的木林,但是在其實在積自然的能量(增加-冬天)。然後儲存到最大時一口氣綻放來(張開-春天)。
我想要櫻花開的時候總是這樣。
行程 / 打碎、塵歸於土
2012年4月
行程 / 留影
2012年4月
行程 / 造花
2012年3月
文本
本次以毛皮搭配骨骸進行製作,實為首舉。
由相同小鼠取得的毛皮製成花瓶,以其骨骸製作了三康乃馨。
平素雖然穿著綴有毛皮的外套,但如何鞣製毛皮,我們恐怕都不清楚。
讓毛皮不會腐壞、不會掉毛的工程,稱作「鞣皮」。
揉過的毛皮,乾燥後會縮水變硬。
利用這個原理,我將毛皮作成花瓶,但對如何只用毛皮塑型,苦思甚久。
我們的社會中有很多的分界存在。
取出骨頭中有煮的階段在。開始時,為了區別煮菜用的而準備了一個專用的鍋子。但是漸漸地開始變的不確定為什麼知道有這樣的分界。我們會用煮菜用的鍋子煮牛肉或豬肉。用為了取出骨頭的鍋子煮老鼠。有什麼不同?一邊是好吃的感覺,一邊是感覺到心。在南美有將整隻老鼠了,覺得很美味的吃著。
根據文化分界也會改變,文化的分界並沒有固定,可以搖動。ART是可以有將這搖動的分界顯示出來的力量。
在取出骨頭之後用那老鼠的皮來製作花瓶。為了將他能還於土,不使用其他材料。僅使用乾後的皮來製作形。
第一次知道乾這方法。對人類而言本來就應該是從遠古活著以來就知道理所當然的知識。就算是自己什麼都不清楚,製作時還是能清楚的注意到。
「康乃馨」在台灣展覽了。雖然是首次的海外展覽,還是得到想像之上的接受度。
「骨花」的概念中表現了我的生死觀。在生命中我們有很多別離的經驗。雖然分離是很痛苦,往生的人在死後也會在我們心中持續的活下去。肉體又還回土壤,轉變為花、草或水等的一部分。死亡並不是結束。
在組合骨頭時,腦袋跟心都會跟著放空。手雖在動著卻心無雜念。在人類社會中被生下、被殺害、被利用的動物,正由我在接待著。痛苦的活著或無法順利的事情很多。想賦予它美。美本身就是力量。
藝術博覽會
2011年12月15日-18日
台北, 台灣
因在海外展示不能運送太大的東西,我帶來了自己做的可在飛機寄運的可摺疊篷幔。
因為不知道天花板的高度,所以採用的是可調整式的。
篷幔是由攝影用傘及立燈所組合而成的。
為了與生活空間做出區分,我用白色的布將它圍起。
裏面放置的是骨花「康乃馨」及其照片。
照片為實物大小。
第一天直接放在地上。雖在第二天開始使用子,但還是放在地上的方式比較好….
因在飯店展出,所以插在花瓶裏擺設。
為了能更輕易的讓海外的人們了解骨花的製造過程,我使用了數位相框做成動畫來展示。
本次在台灣展出的經驗相當好,所以若還有機會的話還想再來台展出。
PHOTO TAIPEI 2011 會前簡單看 - Photo Online-攝影線上 >>
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文本
在2011年的秋天前一次也沒公開過。在根本不知道何時可以展出往返於家與堆高機工作的日子中。
想要留下只要在那邊存在著就可以表現美的本質的東西,以這樣的一個念頭來持續製作著。為了做為寵物的餌,隨著人類的方便被控制著生與死的冷凍老鼠一樣,漸漸的變成自己的投影一般。只希望能賦予它美麗。
第一次能讓其他人看到的就是這「映山紅」。
從小,我就喜歡做東做西。
或是美勞作品,或是塑膠模型,或是用餅乾鐵盒子組裝機器人,什麼都有……。
到了現在,只要上網一搜尋,馬上就能知道物品的作法。
因此才想要做些沒有明書的物品。
是還沒有人嘗試過的物品,但並不珍奇古怪,而且很普遍。
雄蕊為小鼠的前足,雌蕊則為後足。
骨花創作進入第4件,剛開始時心中的那股解剖的惡心感也已消逝。
最早接觸的骸骨,2004年,是在出門送報的某個清晨,那隻路邊往生的貉。
當時連都不敢。
貉的眼睛翻白,猶如看見老家的愛犬一茶的眼眸,令我不忍卒覩。
我喜歡博物館。在開始骨花前,我去了上野的國立博物館。有標著時間序列的展覽。從宇宙開始,地球誕生,生命出現,慢慢的向前進化。在更稍微往前一點,可以看到石器的展示。對於人類而言這些是最開始的工具。實在是非常美。雖然不知道做的人有沒有名子。但是經過了如此長久的時間,現在我因他做的東西而感動。我覺得就是想要做這種東西。想要做給言語或是什麼都不通的他看到也能瞭解的這種東西。
把「映山紅」埋了。
根據土地不同風跟土壤也不同。吹著的風,土壤的觸感,是乾燥的,濕潤的,季節或氣候...。風跟土壤改變的話文化也會改變。文化改變了行為也會改變。在海中孕育出的生命,從上陸後到現在也好不容易找到適應環境的方式。所以也可以是環境改變了行為。
生命是活著然後死去歸於土壤,在土壤、風和水之間轉來轉去變化著。把這樣的風與土壤,以不損害它形輕輕地取出的話,就可以更靠近根源。
獎
2011年10月2日
Art event
2011年9月30日-10月2日
Laforet Museum 六本木, 東京
第一次發表「骨花」。
但因本次會場有多的作品展出,為了區隔出空間,我採用從外面看不見裡面作品的展出型式。
展出空間用三合板圍起、做出冷酷、臨時搭建的感覺。
從三合板的入口進入後,可以看到像被藏在裏面似的、用「」字型隔出的白色牆壁的空間。
牆壁使用漆喰風粉刷。
最初進入視線的是,掛在牆上的照片。
往下看的話...
骨花就在邊。
但也有一直看著牆壁而沒注意邊的人,有好幾次都幾乎要被到。
直接放在地板上。
到會場之前都不知道地板的材質及顏色,所以我準備了好幾項展示的方法。
但因本次是可襯托出骨花的灰色地毯,所以決定採用直接放在地上的方法。
7的杜鵑花。
旁邊是、冷凍老鼠的照片。
本次我發現了很多的題材,與其他的展出者的交流也成為我很大的激勵。
行程 / 造花
2011年6月
文本
為什麼使用骨骸創作?覺得心的應該也大有人在。
人類進行繪畫與雕刻等等創造性活動的起始點,可回溯至七萬年前。
埋藏在久遠年代的地層中的獸骨製加工品,於現代被發掘,細細吐露著人類之於骨骸的史。
外,人類的史可視為創造的史。經七萬年,人類持續著創造活動。
不論是衣服、核能電廠、還是網際網路,人們身邊的事物乃至現代生活的全部,皆是始自那些以骨骸創作的老祖先們的靈巧指尖。
並且,人類從遠古時代開始,便有向死者奉獻花的習俗。
於三萬年前滅的尼安德特人,在遺跡被發掘的現場,尼安德特人骨骸的周圍也還留有當時遠古時代的花粉。
可以想像在世者目送著離世者邁向往後的旅程, 而花們承載著人們各種的思念及祈福。
人類從遠古開始,以肉為食,使用毛皮與皮革。
但是,生活中與骨骸相遇的機會卻少之又少。
而個人有一天也會化為骨骸,歸於大地。
在看不清前方的當下,需要重返根源的所在。
透過重新思考關於骨骸的一切,省視不確定的自我。
書本
2011年1月第1版
1000部
行程 / 留影
2010年7月
行程 / 留影
攝影時使用4×5吋的大型底片相機。
關於作品製作的骨骸/
大家知道「冷凍鼠」的存在?冷凍鼠在寵物店皆有販售,是給蛇類及頭鷹當作食物的飼料。
在將冷凍老鼠一隻隻解剖後,把骨頭取出。
冷凍鼠的一生,起始與終結於無菌箱中。
最後成為飼料的冷凍鼠,反映著現代人對於自然以及生命的價觀。
文本
作品以透過骨骸所見自然之變化為題,使用往生動物的骨格模擬並詮釋「方才盛開、轉眼凋謝」的花之生命一瞬間。
造花在拍照留影後,隨即打散,塵歸於土。
文本
動物與植物在遠古分化,各自完成了進化。
植物首先登上陸地,隨後動物才跟進。
進化過程雖有不同,但兩者都需要靠身體結構支陸地的重力。
植物選擇扎根大地起身,動物則選擇以骨骼或外骨骼支幹的路。
上方的頭蓋骨則模了花蕊造型。
照片有點小,可能不易看清。在表現花莖的脊骨中段以及下方等兩處,骨盤依然保留了起來。
解剖小鼠後,發現哺乳類的脊骨竟可彎曲至此,讓我很是吃驚。
和魚類或爬蟲類相比,脊骨的彎曲可到了一個極致。
人靠這根脊柱垂直而立,還要支一顆沈重的腦袋,要想肩膀不酸不疼,很難。
進行室攝影的自宅,是一棟獨棟二層樓的老房子。
一樓就是製作的工坊。
揀骨、組裝、拍照、顯影、輸出……全都在這個房間之中進行。
為了拍照作業,在窗貼實的暗室裡進行製作,讓我失去了對時間的感覺。
不知不覺就到了堆高機勤務的上班時間,常常因此弄得不可開交。
看著百合蕾,會感受到側密密實實、即將綻放的花瓣質感。
是與盛開花不同的強烈自我主張。
使用的是田鼠的頭蓋骨。
六支雄蕊的尖端,安裝著小鼠的細小骨盤。
雌蕊為後足的脛骨。
有道是:「立如芍藥、坐若牡丹、行猶百合」,而交配品種雜多的百合外型,總讓人感覺有種人工的味道。
鼠與人同列哺乳類,構造也有相近之處。
在取用養殖鼠骨骸之前,曾經取出過死於車站前圓環樹叢中的野生老鼠骨骸。
骨骼給我的印象完全不同。
或許因為是老死的故,骨節粗而大,讓我想像著生前的辛勞以及壯碩的體格。
居家附近有條運河。
創作一有閑暇,我總愛往堤防邊。
風起,樹葉搖曳,蟻爬上葉梗。
與我的生死無關,那兒就是世界……。
這感覺,或許最適合用來詮釋「自然」這個詞語。
文本
骨花僅以接著固定,十分脆弱。
當決定構圖、量好曝光、對正焦距、準備攝影的當下,一陣風過,花倒骨散,實為常有。
本次拍攝時,天空陰霾,一直抓不到快門機會。
此時一絲陽光乍現,對焦玻璃上浮現了彼岸花的倒影,
心中祈著風兒不要吹,手中按下了快門。
石蒜(日語譯 彼岸花),很奇妙的花,一到秋分,悄然自放。
日本各地流傳著許多別名,曼珠沙華如是,更有稱之為葬式花、鬼花……等。
英文的別名為 Spider Lily ……果然是花如其名。
剛開始解剖的時候,手跟眼睛還不是那麼的習慣。我們在日常的生活中可以從一些極小的變化來理解請感。特別是手跟眼睛的表情會表現出來。可感受到細微的變化。就算是面對在眼前已往生的對象也是可以理解出來的。
在韓國似乎稱石蒜為「想思華」。
與一般的花種不同,花開時不會長葉,長葉的時間花不會開。就像是為了長見不到的對方在著想著一般,名子就是從此來的。
我手葬了石蒜的骨花。
塵歸土,爾後化為周遭的青草蟲豸、化為水汽、化為光…。
沒有消逝的生命,土地也綻放不出鮮花。
文本
能用骨骸做出些什麼……。
2008年冬天的某個昏,因事前往銀座。正當走過四丁目的十字路口,天卻下起了雨。
為了避雨,我走進 Doutor Coffee,從二樓眺望窗外的十字路口。
被越來越大的雨沾濕染黑的柏油路、往來車輛映射的車尾燈、加快的行人……。
穿插其間,綻開的一五顏六色的傘花……。
大雨中的交叉路口,我看到了花(骨蓮花)的綻放。
剛開始創作骨花的時候,一切都是摸索。
如何才能只用骨骸、不削不的製成花……
如何才能看起來是花、是葉片……
心中只有著一個模糊的概念。
很靜謐,宛如同鋼琴獨奏曲,或是博物館中的石器那般…
相機使用相片尺寸4×5吋的大型相機。
小時候拍攝全班集合照時,來拍照的攝影師把頭埋在黑布裡面操作的那一種。
一邊看著倒影在成像玻璃的影像,一邊調整仰角與焦距。我很喜歡這麼進行拍攝。
蓮花的花心,有著形特殊的花托突起,以六隻小鼠的頭蓋骨排列加以表現。
剛開始,我很苦惱於如何拍攝。
難在以不會動的骨骸表現出花的感覺。
畫面中也沒有風的流動感。
該如何讓照片裡出現風動的感覺…
蓮花中央的花托有孔,花瓣掉落之後,孔將有結實。
以頭蓋骨製成的花托,以及為其支的下顎骨。
多的雄蕊則由肋骨而成。
攝影完畢後,將骨花打碎,塵歸於土。
綻放在水面的骨蓮花,將其於池中。
在水中漂擺的的骨骸碎片,很快就入水底,出乎我的意料。